月別アーカイブ: 2015年4月

お一人様の老後

昨日は急遽長野県高山村に行ってきました。高山村の村議会議員の梨本様にお誘い頂きました。梨本さんとは健康長寿セミナーの気診講座にご参加下さったご縁です。

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高山村の五大桜が満開をちょっと過ぎ、見頃とのこと。桜大好きな私は、高山村の取り組みを見学がてら伺ってきました。想像以上に素晴らしい桜に雲一つないお天気、そして温泉と何とも素敵な1日を過ごさせて頂きました。新幹線が新しくなり長野は東京から何と1時間20分。高山村は長野から長野電鉄で25分の須坂で降りて車です。合併の話があった時に、住民投票をして75%が合併反対だったそうです。そして今、次々と新しい取り組みをされています。そのひとつがアンチエイジングの村。長野県は長寿日本一として有名ですが、高山村はまたその中でも長寿村として注目を集めているそうです。テレビでもおなじみの白澤卓二先生がその研究をされています。

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高山村がなぜ長寿村となっているか?要因は環境、気候、食事、コミュニティーが関わっているのではないかと白澤先生はご著書に書かれています。長野は野菜の食べる量が他県より多いそうです。また塩分量を減らす努力をしたそうです。今回もお食事の味が濃くないなあと感じました。伺ったところそのような努力をしたとこのと。このあたりが雨が少なく、フルーツの質がものすごくよいとのこと。

そして五大桜の場所では地元の方がそれぞれに持ち寄った漬物などがおいてありお茶を飲んでお話できる場になっていました。コミュニティーができている。年を取ってもそれぞれに合わせてやることがあるので元気なのかもしれないと梨本さんはおっしゃっていました。

そして温泉がある環境。年間パスポートがありどこの温泉も入れる仕組みになっているそうです。

若いうちは都会が便利ですが、年を取っていくにしたがって穏やかにのんびり過ごせるところがよいと考えています。早いでしょと思われるかもしれませんが、お一人様にとってはまわりにできるだけ迷惑をかけずにと考えるととても重要なことなんです。

そして更に言えば仕事をしながら元気でいられるコミュニティーを作れたらよいなあと思っております。高山村での見学はとても勉強になりました!梨本様ありがとうございました!!

写真は五大桜ではないです。容量の都合で入らないのでHPでご覧くださいね。

http://www.vill.takayama.nagano.jp/

 

 

 

 

気診講座1年生

過ごしやすい季節になりましたね!

昨日は気診講座1年生後期(初級講座)でした。前期の入門講座では気診で身体に合うもの、合わないものを判別することを目標にしています。

後期では「自分で自分を気診して自己調診すること」が目標になります。前期終了した皆様方なのですでに胸鎖乳突筋の緊張、リラックスはできています。同じ空間で皆さんでするとなぜかとってもわかりやすいんですね。そして帰りにはとっても元気になるんです。自分で自分の気を調え元気になることが今回の目標です。

途中で実は気を崩して、また再度気を調える練習をします(笑)皆さんびっくりの状態になるんです。みんなできるなんてすごいですよね。

この様子は鍼灸師の白鳥先生が書いて下さいました。こちらをご覧くださいね!

http://clinic.ama-jissen.com/blog/?p=181

 

生き抜くための仏教ホスピス

ライターの夏目かをるさんからのメールをご本人のご了解を得てアップ致します。

葉桜になると、2007年4月8日に10万人に一人の難病・ギランバレー症候群で倒れたことを思い出します。後遺症もなく克服してから、もう、8年。

奇跡としかいいようがありません。毎年この日がやってくると助かったことに感謝しています。

 

その後2012年に別の病気が見つかり、3つの病院8人の主治医との不幸な出会いがありましたが、自分で医者を探層と決意。やがて名医との出会いから、すぐに完治。この時も、ギランバレー闘病中に精神的に支えてくれたドクターが尽力してくれました。

 

ところが去年の秋に、再発疑惑が浮上。打ちのめされましたが、

とにかく医者に催促をして今年の1月に手術をしたところ、2年前に手術をした病院の医療ミスとわかりました。

前の病院に残っていたら医療ミスは隠ぺいされていたことでしょう。

これで3度助かりました。3回続くと、もはや偶然ではない。

 

私は強運です。

 

医療ミス隠ぺいから免れた強運な私に、様々な人から「どうして助かったの」という問いが投げかけられます。

話をしているだけで、隠ぺいされる人、されない人の違いがわかるようになりました。

要望があれば、いつでもこのテーマに関して、執筆でもお話でもさせていただきます。

 

さて3度助かってから、「生き抜くための仏教ホスピス」という新しいテーマを見つけ、その特集記事を健康&医療サイトに公開されたことをお伝えします。

 このテーマは私がギランバレーで倒れた時に大変お世話になったライターのOさんのことが、色濃く反映されています。

Oさんは091118日に亡くなりました。享年34歳。

彼女との出会いがなければ、この記事を私の手で世の中に送り出せなかったでしょう。彼女との出会いと別れ、そして彼女が私に託したことを語りたいと思います。

 

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 ~「仏教ホスピス」西本願寺医師の会の取り組み~

   共に難病を克服した戦友・Oさんが死の直前にもたらした私への贈り物

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2年前の病院の医療ミスがわかった直後の今年の124日の朝。

術後の傷跡の痛みに耐えきれず、外来の予約を入れて外出しようとしていた矢先に、

NHK「おはよう日本」の特集「医療に“仏教ケア”を」に釘付けになりました。

 

http://www.nhk.or.jp/shutoken/ohayo/report/20150124a.html

 

これまで仏教の僧侶の役割は、葬儀からと捉えられてきましたが、老・死・病という人が避けて通れない人生のテーマに、医療も仏教も取り組んできたことから、医療の現場に生きている患者に仏教のホスピスを浸透させようという取り組みを知ったのです。

本願寺派が中心となって、仏教ホスピスに賛同する医師たちの「西本願寺医師の会」が2月に発足するというニュースに、新しい風の気配を感じました。終末期医療だけでなく、一人暮らしの老人に地域の医師が仏教の「生きる」の考えを教えたり、介護の現場で10年以上前から本願寺派が取り組むなど、「仏教ホスピス」の重要性がクローズアップ。

 

この時、脳裏をよぎったのは、07年にギランバレー症候群で突然倒れてしまった私を探してくれたライターのOさんのことです。

私が受賞したというニュースを知らせようとしても連絡がとれなかったので、事故や事件に巻き込まれたのではないかと心配して、当時の私の住まいを訪ねてくれ、不動産から私の居場所(病院)を聞き、その足でお見舞いに来てくれたOさん。まだ気管に管が入っていたため、話せなかった私ですが、心の中で彼女に何度もお礼を言いながら、まさに劇的な再会を遂げたのです。

 

その2年後の秋に、彼女は国際S病院のホスピス病棟で亡くなりました。

その直前に彼女が私にもたらした素晴らしい贈り物を、今でも忘れられません。当時のことが、一瞬のうちに通り過ぎた時に「仏教ホスピスを取材しよう!」と決意

しました。

すぐにプレゼンして「Health Press」という健康&医療サイトから承諾をもらい、私は、すぐさま築地の本願寺で関係者に会って、取材開始。物事がサクサクと素早く進むのは、まさに縁があってのこと。

そしてこのたびやっと特集の3つの記事が公開されたのです。

 

《特集 終末期医療を考える》 .

 

・「医師と僧侶が協働してスピリチュアルペインに取り組む西本願寺医師の会の試み」

病・老・死は、医者も僧侶も同じテーマだと理解した田畑医師。医療現場に仏教ホスピスを浸透させた道のり

http://healthpress.jp/2015/04/post-1653.html

 

・「終末期の緩和ケア病棟に僧侶が常駐 宗教を問わず受け入れる仏教ホスピス」

20年以上前から、いち早く医療現場に僧侶が関わる長岡西病院の日常の風景

http://healthpress.jp/2015/04/post-1654.html

 

・「僧侶が普段着のままで患者と語らい死をタブーにしない仏教ホスピスとは?

西本願寺派の僧侶が常駐する終末期医療のびはーら病院

http://healthpress.jp/2015/04/post-1655.html

 

 

「仏教ホスピス」は、34歳で亡くなったOさんからいただいた「生と死」、

そして「最後まで生き抜く」ためのテーマといっていいでしょう。

 

ライターのOさんは、07年ギランバレー症候群で私が倒れた半年前に、100万人に一人の皮膚がんを完治。

その後念願だったアジアファッションの写真満載の単行本を2冊出版。恋人と結婚間近とまさに順風満帆でした。

共に難病を克服した“戦友”の私にとって、社会復帰のお手本のような存在。それなのに、病魔が再びOさんを襲い、全身のリンパに転移したOさんは余命わずかと宣告されたのです。

 

娘を安らかにさせてあげたいという両親の願いから、中央区にある国際S病院のホスピス病棟に入院させたものの、彼女はモルヒネが切れると、泣き叫び、暴言を吐き続けるようになったため、とうとう両親が面会を謝絶。

Oさんは、親族や恋人の愛情に包まれながらも、絶望の淵でもがいていたのです。

 

私は面会謝絶と聞いてから、彼女に何が起こっているのかを、やっと知ることができました。そして何とかして、彼女に遭わなければならないと思ったのです。

 面会謝絶の瀕死の人に、どうしても会わなければというあの強い気持ちは、一体何だったのでしょう。

私に会いたくないかもしれない人に、会おうというだけでも傲慢かもしれない。でも目に見えない強い力が私を奮い立たせ、私は人を介して、両親にお見舞いを申し出ました。

 

難病で突然倒れてしまった私を見つけてくれた彼女への恩義。

さらに闘病中に何度も死の恐怖に襲われ、

そのたびに死に向き合った私なら、彼女の苦しみを理解できるかもしれないと、私は両親に訴えたのです。

本当は、何もできないかもしれないと覚悟しましたが、とにかく彼女に会いたい。その一心でした。

 

そしてとうとう念願かなって、ホスピス病棟を訪れたところーーー

 

優しそうな両親と、無精ひげと寝不足のため目が充血している恋人が私を迎えてくれました。

みんな憔悴しきっていたので、状況が手に取るようにわかったのです。

「今、やっと眠ったところ」と囁くような小声の恋人。「寝顔だけでもいいから、会わせて」とお願いして、病室に入りました。

 

細長い部屋の窓から、柔らかい光が差し込んでいました。

特に目立った医療器具はなく、とても静かだったことが、不思議です。

死の気配を感じさせない静謐な空気。

ベッドに横たわっていた0さんの顔といえばーーー

 

透き通るほどの白い肌で、すやすやと安らかな寝息を立てていました。

なんて美しいのだろうと、しばらく見つめてしまいました。その場から、まったく、動けなかったのです。

死の恐怖にさらされ、絶望の淵を彷徨っている人とは思えないほどの気高い美しさ。拒否や暴言を覚悟していた私でしたが、

美しい寝顔は死がすぐそばにいるという過酷な現実を物語っています。私は言葉を失いました。

 

「眠りから覚めると、また叫ぶんだ。だから今が一番穏やかだよ」と絶望する恋人。日本一のホスピスを誇る施設と、専門のスタッフ。贅沢な完全個室に、優しい両親と、恋人からの愛情。

大好きだったアジアのファッションの出版の夢も叶い、恵まれていたOさんが、死の恐怖にさらされるなんて。

死を受け入れられずに、激しく抵抗しているのは、きっともっと生きたいからだと理解できる。

でもいったん受け入れてしまえば、心の平安も少しは取り戻せるのではないだろうか。

死を受け入れるなんて、簡単じゃない。でも、ここはホスピス病棟。精神的な救いはどこにあるのか。

そう思ったものの、死を受け入れることは、人に頼れないものだと気づいた。

いつだって自分の生死を、自分で引き受けなければならない。今の彼女には、それができないから、苦しいのだ。

でも、何とか、死がやってくるまで、生き抜いて欲しい。抵抗するより、ぎりぎりのところまで生き抜こうと、踏ん張ってほしい。

お願いだから、Oさん!

 

 あの頃の私は、0さんに対して、それぞれ10万人に一人、100万人に一人の難しい病気を乗り越えたという戦友のような気持ちを持っていたのでしょう。

人が克服できないことをやり遂げたのだから、きっと最後の最後まで、人に何かを与えるような生であると。Oさんに期待していたのでしょう。

 

それにしても、あの気高い美しい表情は、一体何を意味していたのでしょうか。

 

0さんはそれから2週間も経たないうちに、他界しました。

091118日。Oさんのために祈祷しようと、鎌倉の長谷寺に向かう途中で、訃報が届いたのです。鎌倉行は、冥福を祈る旅になりました。

 

それから3年後。

別の病気で再び死と向き合わなければならなかった私は、Oさんの美しい寝顔を思い出したのです。

あれは死期がすぐ迫った人の、全てを凌駕してしまった表情ではないか。

凌駕して、許してしまえば、あのように気高い境地になるのではないか。

彼女はあの時既に、再び死を身近に感じてしまうことになる私の運命を知って、凌駕した人の美しさを見せてくれたのではないでしょうか。

凌駕してしまえば、意識があるときは、生に対する執着から泣き叫んでも、

眠りという無意識下では、とっくに死を迎える準備ができるはずだということを教えてくれたのではないでしょうか。

Oさんは最後に、私にも降り注ぐほどの愛情を与えてくれたのでしょう。

 

3度助かって、生き抜いた私ができることはなにかと、手探りの中、とにかく夢中で執筆した仏教ホスピスの特集でした。

あちらにいるOさんはどう評価するのでしょう。

同業者ですから、厳しい眼で批評するかも、ですね。

でも仏教ホスピスのニュースを知った途端、「これはOさんからのメッセージだ」と受け取ったことだけは、理解してくれるような気がします。

 

これからも彼女のあの美しい表情に捧げるために、私はさらに生き延びて、伝えていかなければならないと思うのです。

生をテーマに。きっと。

 

夏目かをる
公式ホームページ
http://tcw.jp/moon-river/

 

テレビ東京「生きるを伝える」出演(20113/19)バックナンバーで動画閲覧※本名の佐々木真理で出演

http://www.tv-tokyo.co.jp/ikiru/movie102.html

 

★ヒューマンサバイバルblog

「あなたのためにできること」

http://ameblo.jp/anatanotamedekiru/

北海道養生塾のお知らせ

昨日は気診の学校2年生「気診東洋医学の基礎講座」土曜クラス初日。リピーターも多く、新しい方も気の反応がよくてとても講座がしやすかったです。皆さん気診をつかみやすかったので、応用編の気の異常を掴むところまでできました。全体的に気を捉えられる人が増えているのかもしれないですね!

さて6月26日~28日北海道 定山渓にて帯津良一先生の『場』の養生塾があります。その前座で気診講座をさせて頂きます。東京からも何名か参加して下さることになっております。お近くの方がいらっしゃいましたら是非ご紹介下さいませ。

詳細は下記です!6月北海道とても楽しみです!!

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噛みしめ改善したら

1月の初診の男性の方、噛みしめていていて、

疲れやすい、体がだるい、汗をかきやすい、憂うつ、不安感、パニック、やる気が出ない、すぐ怒る、イライラ、頭痛、たちくらみ、視力低下、くしゃみ、鼻水、口が渇く、歯肉が痛い、胸が詰まる、胃もたれ、しもやけ、吹き出物、首が痛い、肩が凝る、手がこわばる、手足が冷える

こんなにたくさんの症状がありました。

気診をすると、気滞、水毒、瘀血そして肝気うっ血、腰から下の冷え

養生法、顎マッサージ+鎖骨下マッサージ、呼吸法をご指導し、気が調う漢方を合わせました。

月に1回3回。毎回漢方は少しずつ変わり遂に気がとってもきれいに調いました。もちろん愁訴はほとんどなくなり、気が大きく広がりました。

とりあえず終了。あとは年に何度か気の定期健診。養生を続けていらっしゃると多少の波はあってもご自身で改善できると思います。

それにしても「噛みしめ」は様々な影響を及ぼすのですね!

漢方についてとお知らせ

なかなか温かくならないですね。今日は午後から漢方勉強会。新年度は様々な先生方のお話を伺えます。

4月から銀座漢方 天クリニックの漢方もエキス剤以外のものも扱います。金額は高くなりますが、やはり気の反応はよいです。ご希望の方はお知らせ下さいね。

さて気診を勉強していらっしゃる方が事務局でいらっしゃる若年性繊維筋痛症シンポジウムがあります。5月6日(水祝)です。下記詳細です。私も参加致します。身体を弛めることが重要と考えております。もしかしたら噛みしめも要因のひとつかもしれません。

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